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私の履歴書その6

【私の履歴書6】
1年という期限で転勤した横浜だが
もうすでに2年以上の年月が流れていた。
そんな中、また札幌への転勤が決まった。
とっても勉強になり
上司やスタッフから
叱咤激励をされる毎日。
転勤が決まり、少々の安堵と
一抹の寂しさを感じながら
住み慣れた部屋を片付けていた
特に同い年の沖縄出身と
関西出身のスタッフには
同い年という事もあって
その時の悩み等を仕事帰り
行きつけの中華レストランで
語り合うことも少なくはなかった。
考えるより先に
やることが沢山あるそんな毎日
いろんなことを振り返り
部屋が空っぽになった時
此処からはなれなきゃならないんだと
そんな気持ちでいっぱいになった。
自然と涙がこぼれ落ちた。
此処で生きて、そして仕事してたん
だっていう実感がそうさせたのかもしれない

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【私の履歴書5】

【私の履歴書5】
私の地元が神奈川県の厚木っていう
こともあってなんだか自信じゃないですけど
ゆとりを持って転勤したことを
覚えています。
どちらかというと不安よりは
期待の方が大きかった横浜転勤。
いざ赴任し、仕事をしてみると
大変ですし、自分の力の無さを
改めて痛感。
何が大変かというと
朝、出勤すると、もうお客様がシャッター
の前で並んでいて待ってたりするんですね。
営業中もひっきりなしに続く来店の波。
そのお客様を接客させて頂き
帰り道の道中、緊張が解けるのでしょうね
足が急につってなかなか家に
帰れなくなることもしばしば…
また、元々要領が悪くて人見知りな
自分であります。
お客様をなかなか入店に結びつけれなくて
帰しまくっていた矢先
店長から怒号が
“オマエ、もう(札幌に)帰っていいよ”
“女の子稼がせるのが仕事だろ
出来ないなら帰れ”
“帰りません、やらせて下さい”
“札幌から来たからには何もしないで
帰るわけには行きません”
“だったらキュート(その当時のハンドサービスの専門店)行って今から接客勉強して来い”
必死でした。
行くしかなかった。
恥ずかしいなとも思ったけど
結果はどうであれ
ここで投げ出してはいけないと思いました。
僕はひとりキュートに向かい
先輩社員に指導してもらいに行きました。
後日談ですが
その店長、あまりにも素直に自分がお店から
出ていったのでそのまま辞めるんじゃないかと心配されて
出ていった後、キュートまでちゃんと来ているか連絡をしていたようです。
しばらくするとキュートまできて
“しっかり教えてもらえよ”って
言葉を残しまた戻って行きました。
厳しくも優しい、そんな上司に恵まれて
今が有るんだなとその時を思い返し、
改めて思います。

 

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私の履歴書その4

【私の履歴書4】
寮に引っ越し本格的に仕事に従事するようになり
今までとは違う職種(前は営業をやってました)に
とまどいながらも充実した日々を送ってました。
慣れないパソコン作業も少しずつ覚え
宣伝活動(その当時札幌では広報部というのがありました)担当になり
やりがいと楽しさを感じ始めた頃
その頃の店長に呼び出され
こう言われました
‘横浜に行ってみないか!!’
聞くと家も用意してくれるということでしたし
元々神奈川出身ですので
快諾をしました。
札幌は大学に通った地でもありますし
学生時代の友達や
当時の元バンド仲間なんかとも
まだ連絡を取って仲良くしていたので
寂しさもありましたが
ここはひとついろいろ学んで
お世話になった上司に報いたいと思い
即決しました!
‘さぁがんばるぞ!’
とは決意したものの…….
そうです甘かったんです。
横浜の地で
自分の仕事に対する甘さを
悔しいほど知ることになるのである。

 

 

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